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修学旅行で法隆寺を訪れたとき、五重塔を見上げる自分の胸に、かつてとは違うざわめきが広がった。青空にすっと伸びるその姿は、ただの建築物ではなく、時を超えて生き続ける大樹のように思えた。風を受けながら堂々と立つその塔は、静かでありながら圧倒的な力を放っていた。木の肌に刻まれた千年の時が、「君は何を見ているのか」と問いかけてくるようだった。その瞬間、私は自分が単なる観光客ではなく、何か大切なものと向き合うためにここに立っているのだと感じた。
実は、法隆寺を訪れるのはそのときが初めてではなかった。小学生の頃、父に連れられて訪れたことがある。父は飛鳥様式の美しさや「エンタシスの柱」といった建築の特徴について、目を輝かせながら語ってくれた。その横顔はいまも鮮明に覚えている。しかし当時の私は、その言葉や形を断片的に記憶しただけで、その奥にある意味までは感じ取れなかった。ただ「変わった柱」と受けとめただけの自分が、今となっては悔しく思える。
けれども、西岡常一さんの本に触れた今は、あのときとまるで違う景色が見えるようになった。建物の細部にまで込められた「木のいのち」、それを見極め、活かす職人のまなざし。西岡さんの言葉を通して知ったその世界は、私の目に映る風景すら変えてしまった。かつては形だけに見えていた柱が、今では沈黙のうちに何かを語りかけてくる。そして父があのとき伝えようとしていたものが、ようやく私の中で息を吹き返し、ほんの少し分かるようになった気がした。
特に心に深く残ったのは、「木の命には二つある」という教えである。山に立って生きていたときの命と、材となって人の手で生かされた後の命。たとえば千年生きた木ならば、建物としても千年生きられるように、木の癖を見極めて使わねばならない。そうでなければ木に申し訳が立たないのだと。この言葉を読んだとき、胸がぎゅっと締めつけられた。
私は木をただの「材料」としか見てこなかったことに気づかされ、過去も未来も見渡す想像力の乏しさを恥じた。同時に、自然と真摯に向き合う職人のまなざしに深く打たれた。
「切ったあとにどう生かすか」。それが人間の責任であり義務なのだと西岡さんは説く。その姿勢に触れたとき、私は今の社会の姿を思わず考えた。私たちは便利さや効率を優先するあまり、自然の声や地球の長い時間の流れを忘れてはいないだろうか。消費を前提にした社会の中で、資源をどう生かすか、どう次の世代へ手渡していくかという視点は、あまりにも軽んじられているように思う。西岡さんの言葉には、人間が忘れてはならない謙虚さと、自然への深い敬意が息づいていた。
本を読み進めるうちに、私は父の姿を重ねていた。父は最先端の技術に関わる仕事をしている。子どもながらに、日々妥協なく真剣に取り組む姿勢を感じてきた。西岡さんが「木」と向き合ったように、父もまた「技術」と向き合っているのだろう。一見、伝統と最先端はまったく別世界のように見える。だが、本質では同じだ。未来を見据え、手を尽くし、誠実であろうとする姿。その根にあるのは「心」と「覚悟」だと気づかされた。
さらに印象に残ったのは、「学ぶ姿勢」である。西岡さんは弟子に答えを教えない。唯一の弟子に刃物の研ぎ方を伝えるときも、言葉では説明せず、自分が削った鉋屑を一枚見せただけだったという。弟子は自分の目で見て、手で確かめ、失敗を重ねながら、数年をかけてようやく技を自分のものにしていった。仕事を覚える上で、少しずつ上手になる過程こそが必要であり、そこに楽しさと原動力があるのではないかと感じた。そして、技術とは本人が覚えたいと思い、自らやる気を持って取り組んでこそ身につくものだという。その姿勢は、すぐに答えを検索して満足してしまう私たちに、真の学びの形を突きつけている。時間をかけ、体験を通じて自分のものにすることこそ、芯に残る学びなのだと強く感じた。
本を閉じたとき、私は自然と自分の生活を振り返っていた。私にできることは、まだ小さいかもしれない。将来何をしたいか、ようやく糸口を見つけたばかりだ。それも、自然の命に生かされているという感覚を忘れず、日々の選択を大切にしていきたい。ものを大切に使うこと、時間を惜しまず学びに向き合うこと。その一つ一つが未来へ続く「私の手の跡」になると信じている。
修学旅行で見上げた五重塔は、あの日と同じ姿のはずなのに、瞼を閉じると私の心にはまったく違う響きで迫ってきている。その木の中に生きているいのちを感じ、飛鳥時代から受け継がれてきた人の思いを感じることができたからだ。次にあの場所に立つとき、私はまた胸の奥からこみあげてくるものを受けとめたい。そしてその思いを、自分のこれからの生き方へとつなげていきたい。
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●読んだ本「木のいのち木のこころ(天)」(草思社)
西岡常一・著 塩野米松・聞き書き

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