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七月三十日、外国で地しんが起こり、日本に津波けいほうが出されました。わたしは、妹と、仕事の休みだったお母さんと一緒に、となりの市までひなんしました。家にもどってきた時、お母さんが「もし家に子どもしかいなかったら、二人でにげるんだよ。つなみてんでんこだからね。」と言いました。つなみてんでんこ。はじめて聞いた言葉でした。どんな意味なのか聞いてみると、家族がバラバラになっても、自分で考えて、自分のいのちを一番に考えてにげる事だと教えてくれました。わたしは少しおどろきました。何だか自分だけ助かればそれでいい、と言っているように聞こえたからです。さいがいの時こそ、まわりの人と助け合い、はげましあってにげるものだと思っていました。わたしがなっとくできないのがわかったのか、お母さんが一さつの本をわたしてくれたので、読んでみることにしました。
本の中で、心にのこった場面が二つあります。一つ目は、最後にじいちゃんが、ある言葉を言う場面です。じいちゃんは、津波はおっかないけれど、海のめぐみをもらいながら生きているのだから、つき合い方を考えなければならない、と言っていました。わたしの住んでいる町も海に近く、お魚がおいしくて、けしきのいい場所です。大すきなこの町で、ずっとくらしていくために、わたしも本の中のじいちゃんのように、この町の自ぜんや、海からもらうめぐみに感しゃしながら、いざという時の津波にそなえたり、心のじゅんびをしたりしなければならないと思いました。
二つ目は、すごいな、と思った場面です。東日本大しんさいの時、かま石東中学の人たちは、小学生に、にげ方のアドバイスをしたり、あぶない所を教えたりしながら、にげていました。また、ほ育園の子をおんぶしてあげたり、手おしのひなん車をおしてあげたりもしていました。小さい子や大人は、中学生がいて、どれほど助かり、心強かっただろうと思いました。中学生は、ふだんから進んで手おしひなん車をおすくん練をしたり、地いきの人にあんぴふだを配っていたりもしたそうです。その時わたしは、「つなみてんでんこ」の意味が、少しわかったような気がしました。たとえ家族とはなれたとしても、自分にできる事を考えて、自分のいのちを守りながら、まわりの人のいのちもすくうために考えて行動する事、それが「つなみてんでんこ」なのかな、と思いました。自分のいのちを守らなければ、まわりの人のいのちも守れないと、本を読んではじめてわかりました。
わたしの家のとなりに住むおばあさんは、足が不自由で、ひなんくん練の時はいつも家にいます。だからわたしは、本当に地しんがおきた時は、おばあさんのに物を持ったり、まわりの大人に声をかけたりしたいです。子どもだからとあきらめず、自分にできる事を考える大切さを、「つなみてんでんこ」という言葉から学びました。
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●読んだ本「はしれ、上へ!:つなみてんでんこ」(ポプラ社)
指田和・文 伊藤秀男・絵

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