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誰のことも傷つけたことのない人間が、果してこの世にいるだろうか。また逆に、誰からも傷つけられたことのない人も。私は十七年間生きてきて、傷つけるより傷ついた経験の方が圧倒的に多いとのんきに自認しているが、この作品を読んでいくうちに、もしかしたらそれは大きな間違いで、私の無自覚の言動により、自分が関わった多くの人達を傷つけてきたのではないか、とうすら寒くなった。
それくらい、この作品の中の高校生たちは、自分の言動が無意識に、あるいは意識的に相手を傷つけてしまっているのではないか、と現在進行形で脅えている。宮沢賢治の作品と作者自身の研究をする同好会・イーハトー部の部員である二年生の高田千樫に至っては、昨秋の修学旅行後、「ほんとうの幸いは、遠い」というメッセージを千樫に送って学校に来なくなってしまった三年生の部長・風見先輩に対して、自分がもっと違う返事をしていたら、先輩は学校に来ていたかも知れない、と苦しみ続けているのだ。相手の状況も頭の中も分からない時、相手の決断を自分のせいだと思うことに、筋道だった論理性はない。それなのに、もしかしたら、と自分を責める。亡くなったダウン症の弟に対して、生前馬鹿にした態度をとってしまったことを悔やむ、部員のキョンへ、以前風見先輩と会う約束をすっぽかしてしまったことが、先輩の不登校の要因の一つになってはいまいかと自身を追い詰める、新入部員のマスヤス。
彼らのこうした思いを、何と呼べばいいのだろう。過度な自責の念、根拠なき罪悪感、自罰的思考。いや、彼らの思いが特定の他者あってのものであることを鑑みれば、やさしさ、だろうか。相手の心中を考えることを止めれば、自分は相手の苦しみと無関係になれるのに、それをしない。彼らは徐々に、自分の苦しさより相手の苦しみの理由を考えることを第一義とし、そうして出た答えを行動に移していく。そういえば、『銀河鉄道の夜』のカムパネルラは、親友ジョバンニに意地悪ばかり言うザネリを助けるため、川に飛び込み命を落としたのだった。また、ザネリがなぜジョバンニに辛く当たったのか、その辺の事情は書かれていないので、読者はそれを想像してみなければならないのだった。
私自身の学校生活を顧みれば、相手が何を考えているのか今一つ分からなくて、当たり障りのない話題を選んでしまう毎日だ。加えて私は、こちらの意思を無視して突然始まる、過剰なスキンシップが苦手である。驚いて固まるだけでなく、自分の意思が雑に扱われているような気さえして、少しかなしくなる。けれども、何の疑問も持たず愛情をぶつけてくれる相手に、この気持ちをうまく説明する自信もない。かといって、相手にとって普通でない私の気持ちを、相手は想像すらしないだろう。きっと、私のクラスメイト達もそうなのだと思う。万人に通じる普通はなく、一人一人快も不快も違って、抱えている問題も異なっていて、進学という同じ目的へ一緒に進んでいっているように見えても、三者面談では様々な悩みが露呈しているのだろう。であれば、人と関わる時には、分からない、という所から始める必要がある。
誰かの「普通」という概念が、他の誰かを知らずのうちに傷つけてしまうこともある。ある日すっと距離を置き出した友達は、もしかしたら私が普通だと思って話した何かに傷ついたのかも知れない。そんなことを考え出すと、人間関係が怖くもなる。けれども、イーハトー部の顧問である郡司先生は、普通の弟という幻想に取り憑かれていたキョンへに言い切った。誰でも相手に普通を求めてしまう時があるから「お互いさまだよね」「君は何も悪くない」と。その言葉に励まされながら、私も思う。相手に言葉を発する時、せめて最初から断定することはやめよう。
そして、この考えの延長線上にこそ「ほんとうの幸い」があるのではないか。考え抜いた千樫の答えは、「善きことをおこない、たとえそれが失敗しても、絶望から何度だって立ち上がって、また善きことをしたいという気持ちを持ちつづける」こと。それは一人では無理でも、仲間と一緒なら一生をかけて獲得できるのだと、千樫はイーハトー部の仲間に熱く話す。旅の終わりのジョバンニのように。私もそう思う。そして、付け加えるなら、関わった人をずっと気にかけていく、人としての温かさを、やさしさと称したい。行き過ぎた個人主義は、人を孤独にし弱くもする。困っている人の手を探る、やさしい社会を望む。私も、傷つけることを恐れ過ぎず、気になる目の前の相手に手を伸ばし続けたい。
また、千樫たちの気づきを見守ったのは、周囲の大人達だけではない。絶版になった本、何種類もの全集を揃える図書室の蔵書もまたそうであった。その一冊一冊が、誰かが頼り、あがき、乗り越えていった傷跡であることを、私は忘れない。そうだ、私達には味方も多い。
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●読んだ本「銀河の図書室」(実業之日本社)
名取佐和子・著

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