第67回中学校の部 優秀作品

「言葉に思いをこめて」
 福島県郡山市立富田中学校 2年 武藤さくら

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 十七音が誰かの心を動かすように、この四百二十五ページが私の心を動かした。

 たった十七音の言葉で表現する俳句。藤ヶ丘高校に通う六人の女子高校生が、俳句甲子園出場を目指し奮闘する。同好会に入ったきっかけも、個性も違う。そんな六人が、時にぶつかり合いながら成長していく。

 この本に出会うまで、私にとって、俳句は「訳の分からないつまらないもの」だった。私も国語の授業で俳句の鑑賞をすることがある。しかし、昔の言葉が使われていたり、言葉が少なすぎたりして、十七音が生み出す作品の世界を想像することは難しかった。だから、茜が先生から「俳句は作られた背景を知らなければ鑑賞できない」と言われた時、俳句の難しさを突きつけられたように思えた。

 しかし、私の考えを一変させる人物が現れる。東子は、自分の経験を重ねながら句を鑑賞する。こんな鑑賞の仕方もあるのか、と私ははっとした。「咳をしても一人」という放哉の句。東子は、この句を、自分がインフルエンザに罹り、とても苦しいのに誰にも気づいてもらえなかった経験と重ね合わせた。その瞬間、私はまだ小学四年生だった頃のことを思い出した。ああ、分かる。苦しくて、心細くて、でもどうすることもできず唸った――あの時の感情が蘇った。その時、初めてこの句の世界が、私の心の中に入ってきた。たった九音の洗練された言葉で、四年生の時にタイムスリップした私。同時に、私は放哉の世界に浸っていた。俳句が自分のこととして感じられたこの瞬間は、忘れられない。

 同好会ができて間もない頃、俳句甲子園に対する六人の気持ちは、みんな違っていた。そのため、それぞれが自己主張するとぶつかることも多く、その度に私ははらはらした。

 そんな六人が、俳句甲子園で勝ち進むことができたのはなぜだろう。それは、互いの個性を認め合えたからだ。幼い頃から俳句に親しみ、みんなを引っ張っていく茜。誰よりも俳句をよく知る文芸好きな瑞穂。ディベートが得意な夏樹。書道の才能を持つ真名や音の響きに敏感な理香。そして、創作が苦手で裏方に徹する東子。六人は、本音で話すことで、それぞれが抱える悩みや思いを理解し、その人が選ぶ言葉を大切にすることができたのだと思う。それぞれの個性を認め合えたからこそ、様々な視点から言葉を吟味し、より豊かに句を鑑賞することができたのだ。

 ある日、「海月」という兼題の時、彼女たちは、ミズクラゲを見つめながら、触手の絡まり合うクラゲの気持ちを想像する。時間を惜しまず、言葉をとことん吟味して完成させた句には、六人の個性が凝縮された豊かな世界が広がっていた。私はこれほどまでに言葉にこだわったことがあっただろうか。

 日本語には、同じような意味の言葉が沢山ある。でも、全く同じではない。言葉が持つ世界は少しずつ違っている。六人はその「同じように見えるけど、ちょっと違う」にこだわり、数えきれない言葉の中から十七音を選び抜いた。そうして選び抜いた言葉は、多くの人の心に届き、感動を呼ぶ。言葉の持つ世界のすばらしさを、彼女たちが教えてくれた。

 全国大会の敗者復活戦。ずっと作句することを拒んできた東子も加わり、六人全員で句を作る。「胸中は聞かず草笛一心に」――互いの気持ちは言葉にしなくても分かる。私には、この句が、六人の心が一つになった証のように思えた。

 最終的に、藤ヶ丘は決勝には進めなかった。しかし、六人の気持ちは晴れやかだった。きっとこの甲子園で得たものがあったからに違いない。茜たちは、俳句甲子園を通して何を得たのだろう。六人の思いを知りたくて、何度も繰り返しページをめくった。最後の披講で茜が句を詠んだ時、それが分かった。茜たちが得たものは、深い絆で繋がれた仲間だ。

 夏めくや図書館に聴く雨の音

 仲間と過ごした長い時間の中で、雨の音を何度聴いただろう。台風の日も、にぎやかな夕立の日もあった。ぶつかり合い、共に喜びを分かち合いながら、多くの時間を共有し、茜たちは深い絆で繋がったのだ。勝敗を越えて一つになった六人の思いに胸がぐっと熱くなった。彼女たちが重ねた時間が、中学生の私にはまぶしかった。

 言葉には心を繋ぐ力がある。しかし、私たちの日常は、ありふれた短い言葉で溢れている。例えば、様々な感情を全て「やばい」というたった一言で表現してしまう。

 言葉の持つ豊かさと、言葉で繋がることのすばらしさを知った今、私は豊かな言葉で繋がりたい。たとえ時間がかかっても、言葉の意味をよく理解し、吟味し、自分の気持ちにぴったりの言葉を発信できる人でありたい。この本を読み終えて、私は、改めて言葉を大切にしたいと思う。

 春や春――茜たちの新しい挑戦が始まる。私の言葉への挑戦も始まったばかりだ。

 

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●読んだ本「春や春」(光文社)
 森谷明子・著

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