第66回高等学校の部 最優秀作品

「『廉太郎ノオト』を読んで」
 栃木県立宇都宮女子高等学校 2年 芳賀奈月

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 私の人生の意味とはなんだろうか。幸福になることか、夢を叶えることか。高校生になり、具体的に将来像を考え始めてから時々頭に浮かぶ疑問だ。このことを考える度憂鬱な気分になる。もし夢が叶わずに挫折したら、幸福になれなかったら、人生は無意味なものになってしまうのだろうか。そんな不安を感じてしまう。

 瀧廉太郎は琴が好きな姉の影響を受けて音楽を始めた。初めは姉の演奏に伴奏で寄り添うことから始まり、姉が病で亡くなってからは琴以外の楽器も楽しむようになった。やがて厳格な父親からの反対を受けつつも、なんとか東京音楽学校に入学する。そこで仲間たちと切磋琢磨しながら音楽家として成長していくうちに、西洋音楽を日本に根付かせるという大望を掲げるようになる。さらにピアノを極めるためにドイツへの国費留学を果たすが、これからというところで結核を患って帰国させられ、そのまま九州の実家で亡くなった。二十三歳の若さだった。

 死ぬ間際、瀧は「僕の人生に意味はあったのだろうか」と自問する。この言葉が強く印象に残った。瀧廉太郎と言えば、教科書にも載るほどの偉大な音楽家で、音楽に詳しくない私でさえ、その作品をいくつも知っているほど有名な人だ。没後百年以上たった今にまで歌い継がれる曲を作ったのにも関わらず、自分の人生に意味があるのか分からなかったというのが驚きだった。また、何も成せずに自分の人生が終わってしまうことへの恐れに共感した。私も自分の人生が何の意味もなく最期を迎えたらと思うととても恐ろしい。死を目前にした廉太郎はこの気持ちをもっと強く感じていただろうし、志半ばで終わることを悔しく思っていただろうと思う。この場面で廉太郎が病床で書いた最後のピアノ曲「憾」を聴いてみると、その無念さがよく伝わってくる。「憾」は「うらみ」と読むが、恨みのことではなく、無念や心残りのことを意味する。暗く陰鬱な第一部から、穏やかで優しい第二部に続き、第三部では第一部が再現され、最後は曲中最低音で締められる。この最後の一音が夢を絶たれた廉太郎の絶望感を物語っている。本を読み進めながら努力、葛藤する廉太郎を見てきたので、最後に作った曲がこんなに悲劇的なメロディーになってしまったことが悲しかった。

 廉太郎が亡くなったあと、生前廉太郎と知り合いだった新聞屋が長屋に帰ると、母親と妹が楽しげになにか歌を歌っていた。その歌は廉太郎が、まさにこの妹のような貧しい子にも歌えるような子供用の歌として書いた「お正月」だった。当時は子供が楽しく歌えるような歌はほとんど無かったからである。この場面は私の今までの考えを大きく変えた。一生懸命に生きたこと自体が人生の意味になる。何も成せていないようでも、精一杯頑張ったなら必ず何か残せているはずだ。そんなふうに感じられた。廉太郎が亡くなる間際に、自分に問いかけた問いの答えを私がここで見つけたように思った。廉太郎は自分の人生でまだ何もできていないと思っていた。しかし、それは違ったのだ。廉太郎は歌わない女の子に音楽の楽しさを教え、病気で寝たきりの新聞屋の老母の笑顔を取り戻した。さらに調べてみると、本の中で廉太郎にピアノを教わっていた柴田環という少女は、後に国際的に名の知られたオペラ歌手に成長したという。廉太郎が生涯を終えたのは二十三歳。もっと長く生きていたなら、日本中に西洋音楽が普及し、みんなが自分の歌を口ずさむ日を見られていただろう。それでも、その短い人生のうちに廉太郎本人でさえ気がつかないところに、生きていた証を沢山残せているのは、廉太郎が必死に努力を重ね、音楽を追究してきたからこそだと考える。

 この本を読むまで私は、人生の意味を達成するべき課題のように思い込んでいた。そこに辿りつくまでに終わってしまったら、自分の人生には何も残らないような気がしていた。しかし、瀧廉太郎の人生を知って努力を惜しまずひた向きに取り組んだことは、必ず自分が生きた証を残してくれるのだと気づけた。この気づきは、先の見えない将来に臆病になっていた私のことを勇気づけ、やれるだけ頑張ってみようという気持ちにさせてくれた。また廉太郎が、共に成長してきた天才バイオリニストの幸田幸との会話の中で「天才が最初から天才であるはずがない。天才とは、他の人が諦めてしまった天井に挑み続け、ついには破ってしまった人間のことだ」と考えているところに感銘を受けた。この言葉も才能がないからとか、向いていないから、というような言い訳に逃げないためのお守りとして大切にしたい。進学や就職、その先の人生についてを、真剣に考え、それに向かって努力し始める今の時期にこの本と出会えてよかったと思う。瀧廉太郎の人生から学んだこれらのことを、今後の将来の構想に役立てたい。

 

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●読んだ本「廉太郎ノオト」(中央公論新社)
 谷津矢車・著

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