第65回高等学校の部 優秀作品

「四百六十八ページの変化」
 熊本学園大付属高等学校 2年 村上葵

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

 「私は撃たれた友の声になる。」黒い肌の彼女の訴えるような目。本の帯と表紙だけでこんなにも人を引き付ける力があるのかと驚き、私はこの本を手に取った。撃たれた友の声とはどういうことなのか、怒っている様にも見える彼女の目は何を訴えているのだろうか、そしてなにより、彼女が持っている〝THE HATE U GIVE〟という言葉の意味は……?と疑問が膨らむままにこの本に手をのばした。

 ギャングがはびこる町に暮らす女子高生スターの幼なじみである少年、カリルが白人警官に射殺される事件からすべては動き出す。彼女が幼い頃に亡くしたもう一人の友達とカリルの重なり。無抵抗だった彼の真実がみるみるうちに歪められていく。唯一の目撃者としてスターは立ち上がり、周囲を巻き込みながらカリルのために戦う。実際のアメリカでの事件や社会問題に基づいて創られたものである。

 カリルは彼が好きなラップの歌詞をスターに教えた。「Thug Lifeってのは、〝The Hate U Give Little Infants Fucks Everybody〟<子どもに植えつけた憎しみが社会に牙をむく>の略だ。」本を読み進めるなかで、この言葉が強く印象に残った。頭文字を取ったThug Lifeを直訳すると、ギャンスタ的な人生といった感じだろう。スターは、「社会がずっと憎しみを植えつけるのは子どもに限ったことではなく、社会の底辺にいる誰に対してもであるから、憎しみの連鎖が繰り返される、その状況を変えなければならない。」と言った。私は今までこんな考え方を持たなかった。その状況を憎むことはしても、仕方ないとか、変わらないならそのなかの最善を、というような状況を動かすことを前提としていない考え方だった。だが、スターの勇気ある言動をみて社会がこうやって動いていくんだ、たった一人でも変えていくことができるんだ、どうせできないと諦めなくていい、と考え方の幅を広げることができた。一冊、四百六十八ページで、登場人物、社会、そして読者すべての捉え方や受け取り方が変わるのではないかと考える。本を読み終えたとき、表紙の彼女が持つ〝THE HATE U GIVE〟という文字に納得し、あの訴える目の意味が理解できた。それと同時に私は、憎しみを勇気に、行動に、そしてカリルの声に変えた彼女が持つことによって言葉が本当の意味をなすように感じた。能動的に動いた彼女だからこそ伝えられ、影響力を持つ言葉になったのだと確信した。

 さらに、カリルの射殺事件の判決に合点がいかないスターに対し、スターの母は彼女の言動を認め、「大切なのは決して正しい行いをやめないこと」とスターに再確認させた。この言葉にも感銘を受けた。頑張っていても、それがうまくいかないとすべて無駄だったように感じることが私にもあった。それでも無駄だったと諦めないこと、つまり、正しい行いをやめない姿勢が大切なんだと筆者は伝えたかったのだと私は受けとめた。そもそも簡単にうまくいく社会なら、こんな問題は起こっていないだろう。困難な問題でも時間をかけて戦い続けることで、少しずつ変わっていくのだとスターの姿から教えられた。

 読み終えた今となっては恥ずかしい話だが、読む前は日本は海外に比べ人種差別や銃は少ない方だろう、でもこれは海外の話だから……と自分の周りと本の内容に一線を引いていた。悪くいえば、関係ないといった目線だった。ところが、スターや周りの登場人物に共感したり、黒人を差別する白人に反感を持ったり、逆に白人に対する黒人の考え方に違和感をもったり、同じ目標を持っているはずの仲間が激情にかられて暴動を起こす悲しみを感じたりと、登場人物それぞれの視点に立って読み進めていくことで自分と関係することだと感じられた。海外の話だからと遠くに考えていたが、それこそが人種差別の始まりだったように思う。そして、共感できる部分があったということは、決して遠いどこかの話ではなく、差別という同じ形の身近な問題だったと私が気づけたということにほかならない。スター自身も差別をしている自分に気づくことができたからこそ、勇気を出して白人の友達に対しても黒人の家族に対しても正しい行動ができた、カリルの声になれたのだ。

 本を読んで本の中だけで終わってしまっては意味がない。私はいかに自分が狭い小さな世界でのんびりと過ごしてきたか、もっと周りの世界に眼を向けてみるべきだと気づいた。この一冊から広がった考え方、教えられた姿勢、気づかされた問題点を自分の中に受け入れ、彼女のように失敗を恐れず、たとえ一人でも自ら立ち上がり行動できる人間でありたい。私が本の言葉に動かされたのと同様に、今度は私がこの社会を動かす言葉を発していく番だ。カリルの声をスターが代弁したように、スターの声を私が代弁する。

 

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

●読んだ本「ザ・ヘイト・ユー・ギヴ:あなたがくれた憎しみ」(岩崎書店)
 アンジー・トーマス・作 服部理佳・訳

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

※無断での転用・転載を禁じます。