◆毎日新聞2025年7月3日 全国版朝刊

人生を変える一冊に出会える夏にしよう

<読むこと、書くこと、自分を知ること。>

 第71回青少年読書感想文全国コンクール(全国学校図書館協議会、毎日新聞社主催)の課題図書が、夏休みを前に発表されました。テレビドラマ化された小説「転職の魔王様」などで知られる作家の額賀澪さんと、読書感想文指導のベテラン・博田かおりさん=東京都新宿区立津久戸小教諭=が人生を変えた一冊や、読書感想文を通じて得たものについて語り合いました。司会は毎日新聞社の大矢伸一読書推進委員会事務局長。【構成・篠崎真理子、写真・西夏生】

◇「ハリポタ」読破、自信に……作家 額賀澪さん

作家 額賀澪さん

——子どもの時に読んで、思い出に残っている本はありますか。

額賀さん 小学生のころ、「ハリー・ポッター」シリーズ(J・K・ローリング著、静山社)の刊行が始まりました。学校の図書室に突然海外のファンタジー作品が入ってきて、びっくりしました。新品なのでピカピカしていて分厚くて、気になって手に取りました。

 当時は主人公のハリーと年齢も近くて一緒に冒険している気になれたし、とにかく楽しかった。自分の家にも置きたいと思って本屋に買いに行ったのですが、売り切れたのか在庫が無かったんです。一緒に行った祖父が取り寄せをお願いしてくれて、届くまでの間も「いよいよ自分の物になるんだ」とワクワクしていました。

——それがきっかけで、読書好きになったのですか。

額賀さん 分厚い本を読めたのが自信になって、そこから図書室の本を読むようになりました。私としてはゲームや漫画と同じで、楽しいから続けられた。「ハリー・ポッター」シリーズを手に取らなければ、今ごろどうしていたんだろうと思います。

博田さん 私は教員の初任地が福島県の小学校でした。当時、世間でものすごく話題になっていることを知ってほしくて「ハリー・ポッターと賢者の石」を読み聞かせしました。長編なので何日もかかったけれど、子どもたちがはまってくれて、再度自分で読み直す児童もいました。

——博田さんにも忘れられない本はありますか。

博田さん あまり読書をするタイプではなかったのですが、映画をきっかけに「ぼくらの七日間戦争」(宗田理著、KADOKAWA)など「ぼくら」シリーズにはまりました。大人に反発した中学生が、学生運動をまねて廃工場に立てこもるという、現実世界では起きないストーリーにワクワクしました。

額賀さん 「ぼくら」シリーズは今の子どもたちも好きですよね。学生運動のことは知らない世代のはずなのに「子どもが大人にぎゃふんと言わせてやりたい」という価値観は変わっていないんだなと思いました。

博田さん 「ぼくら」シリーズもそうですが、児童書は気軽に読めるし、分かりやすいのに意外な展開もあります。仕事柄よく読みますが、大人が読んでも楽しめると思います。

額賀さん 私も児童書を読みます。週2回大学で授業をしているのですが、ある学生が「児童書には大人向けの本に書いていないことが書いてある」と教えてくれました。

 たとえば、いじめを題材にした作品では、いじめられた子がいじめっ子に立ち向かう、というのが今までの定番だったとします。それがある児童書では「いじめっ子への対応や問題の解決は大人の仕事だから大人に任せて、子どもがやることは傷ついた自分のケアをすることだ」と書いてあったそうです。

 あまりそう考えたことがある大人っていないんじゃないかな。児童書は易しいけれど、すごく深いことが書いてあるんですよね。

おほんちゃん

◇周りと対話、考え深め……読書感想文指導に携わる 博田かおりさん

読書感想文指導に携わる
博田かおりさん

——博田さんの勤める学校は、読書教育に力を入れているそうですね。

博田さん 週1回「図書」の時間があって、図書室で司書の先生の話を聞いたり、好きな本を読んだりしています。

 図書室の本は週4冊まで借りられて、子どもたちはそれを図書バッグに入れて、机の横に置いています。テストが早く終わった時や、給食を早く食べ終わった時は、読んでいい決まりです。

 あと、担任をしている4年生は年間で1万㌻読もうという目標を立てて、読書記録を付けています。なので、面白くてページ数も多い「図書館戦争」シリーズ(有川浩著、KADOKAWA)が特に人気です。今年度に入ってもう3000㌻以上読んでいる子もいて、クラスメートから「すごいね」と言われています。

額賀さん それも一つの成功体験ですね。私が高校生の時も「図書館戦争」シリーズはすごく人気がありました。当時、読書量が多くて一目置かれていた図書委員の先輩がいたんです。先輩からの口コミがきっかけで、図書室常連組の中でブームが起こりました。友達が紹介してくれた作品は、あっという間に広がりますよね。

おほんちゃん

——もうすぐ読書感想文に取り組む人も多い夏休みが始まります。額賀さんは6月に小説「読書感想文が終わらない!」(ポプラ社)を刊行しました。執筆のきっかけを教えてください。

額賀澪さんの新作
「読書感想文が終わらない!」

額賀さん 私には15歳年の離れた弟がいるのですが、作家デビューしたばかりのころに父から連絡があって「弟が感想文で苦戦しているので、アドバイスをしてあげてほしい」と言われました。

 私は読書も感想文も好きだったけれど、書き方が分からなくて困っている人は、弟以外にもたくさんいるのではないかと思い、SNS(交流サイト)で発信を始めました。

 そのうち「感想文をテーマにした小説にして、書き方を楽しみながら学べたらおもしろいのでは?」と考えるようになったのが、きっかけです。

——本の中では、読書感想文のお手本もいくつか紹介していますね。

額賀さん そもそも感想文がどんなものか、イメージが湧かないお子さんが多いと思うんです。だから、難しく考えすぎてハードルが上がってしまう。「こんな感じだから、日記みたいにリラックスして書けばいいんだよ」と伝えたかったので、参考例を掲載しました。

博田さん 私は感想文指導で、まず過去のコンクール入賞作品を読み聞かせています。同じ本を読んで書かれた作品を子どもたちに比較してもらって、「同じ本でもいろんな切り口があるから、思ったことを好きに書いてね」と話しています。

額賀さん 大体のゴール地点が分かれば、道しるべになります。大学でリポートを書いたり、仕事で資料を作ったりする時も、過去のものを参考にすることはたくさんあります。まったく同じ内容にするのはダメだけれど、参考にしながら自分のものにしていけばいいと思います。

おほんちゃん

——読書感想文の思い出を教えてください。

博田さん 小学生の時、3歳年下の弟と、家にあった「白い町ヒロシマ」(木村靖子作、金の星社)で感想文を書こうという話になりました。戦時中の広島を舞台にしたストーリーだったので、戦争を体験した祖母に話を聞きに行きました。弟ともやりとりをしているうちに考えが深まっていったのか、するすると書くことができたのを覚えています。

——博田さんは読書感想文を書くにあたって、児童や保護者にも対話をお勧めしています。

博田さん 親御さんには、お子さんの考えを言語化するお手伝いをしていただきたいです。たとえば、ファシリテーター(進行役)になって、お子さんに「どんな本だったの?」「どんなエピソードが気になったの?」「なぜ気になったの?」などと質問をしてください。回答をホワイトボードやノートにメモして読み返してあげると、お子さんにも気付きがあると思います。

——額賀さんは読書感想文が好きだったとおっしゃっていました。何か思い出はありますか。

額賀さん 小学校低学年の時、コンクールで入賞したことがあるんです。もともと私が書いたのは「夏休みにこういう本を読んで、あらすじはこうで、それに対してこんな感想を持ちました」という、ありきたりな感想文でした。

 でも、担任の先生が私の話を聞きながら構成を直してくれて。先生は書き出しに具体的なエピソードを持ってきて、それも情景が浮かぶようで「うまい導入ってこんな感じなんだな」と学ぶことができました。

——添削されて、嫌だなとは思いませんでしたか。

額賀さん 先生が直したものを読んで「確かにブラッシュアップされている」「他の子たちとは違う感想文になった」と感じて、むしろうれしかったです。全然自分が思っていない感想に書き換えられていたら、嫌だったかもしれませんね。多分先生は構成を直しただけで、軸の部分である私の感想を尊重してくれたから、納得できたのだと思います。

 この経験で手応えをつかめて、以後の作文はエピソードから書き出すようになりました。今の小説にも生きています。

——読書感想文でどんな力が身につくと思いますか。

額賀さん 私は感想文を通じて、自分の感情を言語化できるようになりました。うれしい時、悲しい時、好きなものについて人に伝えたい時……いろんなシーンで気持ちを表現するための言葉が、自分の中に蓄積されました。

 ついつい何でも「やばい」と言いたくなってしまいますよね。そんな中で感想文は、心が動いた瞬間を言語化するいい練習になります。表現方法が増えることでコミュニケーションも変わってくるし、気持ちを見つめることで、もっと自分を大事にできるようになると思います。

おほんちゃん

座談会に臨んだ額賀さん(左)と博田さん

——最後に、読書感想文を書いてみようという子どもたちへのメッセージをお願いします。

博田さん 私の教える児童の中には、一度コツをつかむと翌年も意欲的になってくれる子がいます。あまり感想文のハードルを高くしすぎず、気楽に取り組んでください。

額賀さん 読書や感想文と聞くと、難しいイメージがあるかもしれません。難しく考えなくていいし、本を読んで無理に成長しなくても、ストーリーや主人公に共感しなくても大丈夫です。日記を書くつもりで、自分の思ったことを表現してみてください。


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■人物略歴

◇額賀澪(ぬかが・みお)さん……1990年生まれ。茨城県出身。広告代理店勤務を経て作家に。2015年に「屋上のウインドノーツ」で松本清張賞、「ヒトリコ」で小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。16年、「タスキメシ」が青少年読書感想文全国コンクール高等学校の部の課題図書に選定される。

 

◇博田かおり(はかた・かおり)さん……1977年生まれ。福島県出身。同県内の小学校勤務を経て2002年、東京都公立小学校教員に。新宿区立津久戸小に赴任して学校図書館教育の基礎を学ぶ。司書教諭免許を取得し、学校図書館利活用指導や調べる学習の実践を重ねている。