◆毎日新聞2021年7月14日 全国版朝刊

本が「染み込む」感覚、原点 教育学者・斎藤孝さん、書くことで理解深まる

<読んで世界を広げる、書いて世界をつくる。>

 ベストセラー「声に出して読みたい日本語」(草思社)をはじめ、教育論や勉強法など多くの著書がある教育学者の斎藤孝さん(60)。かつて読書感想文を書くのは好きだったといい、「書くことで、その本を読んで得られた価値が3倍にも4倍にも膨らむ」と語る。書くことで読書そのものを深めることができるという、斎藤さん流の読書感想文のコツを聞いた。【屋代尚則】

尾崎大輔さん撮影

 斎藤さんは子どもの頃、読書感想文を書きながら本に対する考えが深まり、「本が自分の中に、より染み込んでくる感覚があった」と振り返る。小学生の時は、原稿用紙の上半分を絵を描くスペースに、下半分を文章を書くスペースにして「フランダースの犬」(ウィーダ著・岩波書店など)に対する思いをつづった。「その時に描いた犬の絵は、50年ほどたった今でも思い出せる。読書感想文を書くことで、本を読んだ価値が3倍にも4倍にも膨らむ。『コストパフォーマンス』が、とてもいいんです」と原稿用紙に向かうことを勧める。

 そうは言っても、どう書き始めたらよいのか悩む子どもは少なくない。斎藤さんはそんな時、本の文章の中で「すごくいい」と思う部分を探してみてほしいとアドバイスする。「例えば、引用する部分を三つ選び、なぜその部分を選んだか、なぜ魅力を感じたかを原稿用紙に書いていく。『面白かった』『つまらなかった』といった感想だけにとどまらないものが書けると思います。三つを選ぶつもりで読むと、本の前半からはここ、中盤はここ……というように、本の全ページを自然と読み進めることもできるはず」。ただ、多くの人が同じような書き方になってしまうのは望ましくないため、「あくまで一例として参考に」と話す。

◇「読む行為から『心の森』作る」

 書くだけでなく、読書の体験も豊富だった斎藤さん。中学生の時、父親に買ってもらって読んだ印象的な本の一冊に、幕末や明治期に活躍した勝海舟の言葉を収めた「氷川清話」(講談社など)があった。「毎日持ち歩いて読んでいた。少しずつページをめくるうち、その言葉が段々と頭や体に染み込んできて、まるで勝海舟と一緒に暮らしている気分になった」という。

 読書という行為は「自分の中に、偉大な先人たちが住む『心の森』を作ること」だと表現する。「自分の心の中にいるのは、自分だけではない。私の心の中にも勝海舟やゲーテ、シェークスピアら、たくさんの先人がいる。自分が何かを考えたり行動したりする時、彼らが応援してくれているんです」

 現代の子どもたちは、SNS(ネット交流サービス)をはじめ、インターネット上で発信される情報が身近な環境にある。斎藤さんは、小学生はよく本を読んでいると感じる一方で、スマートフォンなどを手にすることが増える中学生以降、本を読む時間が減ってしまう例が少なくないことを残念がる。

 中学生には、まず本を読む時間を確保することを考えてほしいと願う。「スマホを充電している間は、心の充電の時間だと思って、本を開いて優れた言葉に触れてほしい。本を読むというより、著者に直接話を聞きに行くんだと思えば、とても大きな価値があると感じられるはずです」と力を込める。

◇コロナ禍の夏を好機に変えよう

 昨年から新型コロナウイルス感染拡大の影響で、思うように外出したり人と触れ合ったりしにくい日々が続いている。例年なら外で遊ぶ機会が増えるはずの夏休みを迎える子どもたちは、どう過ごせばいいのだろうか。斎藤さんは「今のような環境でこそ、本を読むことができますよね」と捉えている。

 「普段の生活で、夏目漱石やドストエフスキーのような大物から話を聞ける機会はめったにないですが、本を開けば、その言葉を『聞く』ことができる。私は兼好法師の『徒然草』(岩波書店など)が好きで、今も本を開いて、兼好法師の言葉に耳を傾けています。夏休みに読んだ本は、今でもよく覚えているものが多い。皆さんも今年の夏休みを『読書の夏』にすると決めて、本を読んでください」

おほんちゃん


■斎藤孝(さいとう・たかし)さん略歴

1960年、静岡市生まれ。東京大法学部卒。同大大学院教育学研究科博士課程を経て、現在は明治大学文学部教授。「身体感覚を取り戻す」(NHK出版)、「読書力」(岩波書店)や「だれでも書ける最高の読書感想文」(KADOKAWA)など著書多数。