◆毎日新聞2020年06月4日 全国版朝刊

「自分と出合う楽しみ」乃木坂46・高山一実さん

 発行部数25万部超のヒット作となった小説「トラペジウム」の著者で、アイドルグループ「乃木坂46」メンバーの高山一実さん(26)。読書体験を栄養に、作家としてもデビューを果たした。「自分の心の中を文章にすることは、自分を知る機会にもなる」と、言葉をつづる楽しさを語る。【屋代尚則】

◇執筆後に「幸せ」が

 「『トラペジウム』を書いて、こんなにも読者のみなさんの温かい思いに触れられるなんて。執筆中はつらくて自暴自棄になりそうな時もありましたが、こんな幸せが待っていると知っていたら、もっと楽しく書けていたかも」小説執筆時の心境を、高山さんは笑顔で振り返る。

 主人公、東(あずま)ゆうはアイドルになる夢を持った女子高校生。目標に向かって突き進む彼女の10年間の姿を描いた本作は、月刊誌「ダ・ヴィンチ」に2016年5月号から連載スタート。高山さんはコンサートのリハーサルの合間にも小説を書き、約2年間にわたる連載を終えた。18年11月に単行本が刊行されると、若い世代を中心に大きな支持を得た。

 刊行前は「不安でいっぱいでした」というが、発売後、ファンレターや本の「お渡し会」に訪れた人たちからの声を聞いて喜びに変わった。なかでもうれしかったのは、「読書は苦手だったが、初めて読み通すことができました」「この本を機に他の本も読みたくなりました」という声。「本を読んで、アイドルとしても応援したくなりました」という声もあり、感謝の気持ちに包まれたという。

◇高校で面白さ認識

写真=山口宏之

 高山さんが読書の面白さに気付いたのは「ちょっと遅くて、高校生のころ」。湊かなえさんの小説「少女」(単行本は早川書房、文庫は双葉文庫)を手に取る機会があった。「私も幼い頃から剣道を習っていましたが、登場人物に、剣道部に所属していた女の子がいて、自分を重ねて読みました。ミステリーの要素もあって、本の魅力が一冊に全て詰まっていると感じました」。読了後は、インターネットで「湊さんが好きならこの作品もお薦め」という情報にたどりつき、他の作家の作品も読むように。一冊の本との出合いから、読書の楽しみを深めていった。

 三島由紀夫の長編小説「三島由紀夫レター教室」(ちくま文庫)も印象深い一冊。この作品の中でも、手紙を書くにあたって大切と考える要素を記した一編「作者から読者への手紙」に衝撃を受けた。「手紙を書くなら、三島が求めるような文章を書かなきゃと思いました。わずか7ページですが、自分の頭にどすんときました」

◇新たな分野に挑戦

 新型コロナウイルスの感染拡大で、高山さんも自宅で過ごす時間が増えているという。「こういう時こそ、あまり触れたことのないジャンルの本を読みたい」と前向きにとらえている。最近「表紙買いした」のは、朝井まかてさんの小説「輪舞曲(ロンド)」(新潮社)。「今まで触れたことがない色の文章だと感じました」

 子どもたちにお薦めの本として、アメリカの作家、R・J・パラシオさんの「ワンダー」(中井はるのさん訳、ほるぷ出版)を挙げる。「主人公の少年の言葉が、とにかく粋なんです。登場人物の性格もいい。人と直接会うことが難しくなっている今の時期に、この本で『人と触れ合う感』を味わってほしい。大人にも〝刺さる〟本だと思います」と勧める。

 本との出合いが栄養となり、「自分がちょっとずつ変わっていってるのかなと感じることもある」という高山さん。先輩として、子どもたちに伝えたいメッセージとは――。

 「大人になると、興味のある本を読もうとしても、本当に時間が足りません。少しでも早いうちに読書の楽しさを知ってほしいです。そして、『トラペジウム』を書いていた時にも感じましたが、文章にすると一つ一つのことを深く考えるようになります。登場人物の性格を考えることは、自分自身の心を知る機会にもなります。皆さんもぜひ、積極的に書いてみてください」

おほんちゃん


■高山一実(たかやま・かずみ)さん略歴

1994年2月8日生まれ。2011年、乃木坂46の第1期メンバーオーディションに合格。15年、出身地である千葉県南房総市の観光大使に就任。今年4月から、テレビ番組「クイズプレゼンバラエティーQさま‼」(テレビ朝日系)で、育休中の優香さんのピンチヒッターとして司会を務めている。