◆毎日新聞2019年7月6日 全国版朝刊

<読んで世界を広げる、書いて世界をつくる。>

 夏が到来した。第65回青少年読書感想文全国コンクール(主催・全国学校図書館協議会、毎日新聞社)の課題図書が発表され、「夏休みにどの本を読もうか」と目を輝かせている小中高生がいることだろう。社会のグローバル化が進むなか、私たちを未知の世界にいざなう読書の重要性について国立国会図書館国際子ども図書館の寺倉憲一館長と、コメディアンでタレントのパトリック・ハーランさん、コンクールの協賛をしているサントリーホールディングス(HD)執行役員の福本ともみさんが語り合った。【司会・明珍美紀、写真・山田茂雄】

◆3氏が語る魅力

◇深まる人への理解……タレント パトリック・ハーランさん

——子どもたちがさまざまな本にふれあうことのよさは。

タレント
パトリック・ハーランさん

寺倉さん まずは想像力を養うことができます。豊かな想像力があればこれからの自分の人生が開かれたものになる。そのきっかけをつくるのが図書館の一つの役割といえます。

パトリックさん 僕が本好きになったきっかけはテレビが壊れたこと。両親が7歳のときに別れて母と暮らすようになり、家のテレビが故障した。父は本だけはいっぱい置いていってくれたので他の子どもたちがテレビの画面に吸い込まれるような効果を本から得られた。「トム・ソーヤの冒険」「ブラックビューティー(黒馬物語)」……。本を読むと違う国、違う人物と出会える。想像力だけではなく、人に対する理解が深まります。

福本さん 受賞した子どもたちの感想文を読んでいると、素直に感じたままを自分の言葉で表現できているものが多いと感じます。本は、活字、言葉から、自由に発想できる。登場人物の気持ちを思い、いったん自分の内面と照らし合わせ、自分だったらどうするか、そんな対話を重ねるのでしょう。

おほんちゃん

◇人生を開く契機に……国立国会図書館国際子ども図書館長・寺倉憲一さん

——国際子ども図書館(東京・上野)には国内外の児童書がありますね。

国立国会図書館国際子ども図書館館長
寺倉憲一さん

寺倉さん 国立国会図書館の組織として国会審議のサポートをしているほか、公共・学校図書館の司書、教師、絵本・児童文学の作家、出版関係者など、子どもと本をつなぐ活動をしている人々を支援しています。子どもたちには全国のモデルケースになるサービスを提供するよう気を配っています。近年は10代の読書離れが深刻なので、2016年に完了した建物・サービスのリニューアルを機に中高生向けに図書館の使い方、調べ方を伝えるサービスを始めました。

パトリックさん 図書館の使い方ってどういうことですか。

寺倉さん 例えば、いまの中高生はインターネットの発達で「スマートフォンで検索すればいい」となりがちですが、事典や文献で調べないと分からないことがあります。しかもスマホの画面に出てきた情報が正確であるとは限りません。図書館を活用すれば効率的に正しい情報にたどり着けることを体験してもらうようにしています。

福本さん インターネットで情報を得るのと、体系的に調べることは違いますよね。

寺倉さん その通りです。そのほか本のミュージアムの機能もあり、現在は日本とイランの外交樹立90周年を記念して、イランの児童書を展示(21日まで)しています。

——2人のお子さんの父親であるパトリックさんですが、ご自身の子ども時代の読書環境を振り返って何か感じることはありますか。

パトリックさん 中学1年の長男は公立の小学校に入学し、4年生でインターナショナルスクールに転校しました。日本の学校では、声に出して本を読ませる。これはすごくいいことだと思った。子どもが家で音読しているのを親がごはんをつくりながら聞き、「いいストーリーだね」と気持ちを共有できるからね。一方で、同じ物語を何度も読ませるので違う本をもっと読ませてほしいと思った。読み方も解釈も人それぞれ。日本の教育が統一した内容になっているのが読書の習慣からうかがえる。米国の学校では、自分が選んだ本についてプレゼンテーションをすることがよくあった。これは誰それが書いた本で主人公はこんな人で、私はこんなことを思ったなど、クラスメートの前で発表する。

おほんちゃん

◇自分の言葉で対話を……サントリーホールディングス執行役員・福本ともみさん

——自分の意見をきちんと伝える。グローバル化の時代には大切なことですね。サントリーの人材育成の方針は。

サントリーホールディングス執行役員
福本ともみさん

福本さん ダイバーシティー(多様性)を育むことを心がけています。いま、グループ企業全体で4万人弱の社員がいて、その半分以上が外国籍です。サントリーは今年120周年。創業以来の精神として「やってみなはれ」というチャレンジ精神、そして利益三分主義があります。利益を事業に再投資するだけでなく、お得意さまや取引先、社会への貢献にも役立てていく。そうした根底にある価値を共有したうえで互いの違いを尊重しながら対話する。ここからイノベーションが生まれます。そのためには相手を理解し、自分の思いやその前提となる価値観を言葉にして伝える必要があります。読書で感じ、考えたことを言葉で表現する読書感想文はそうした土台を育んでくれます。

——国際社会に生きる子どもたちにどんな読書体験をしてほしいと思いますか。

パトリックさん 字を好きになってほしい。僕は字があると読みたくなる。読書離れが深刻というけれど、日本は漫画文化が発達しているから、漫画を活用して本の世界に入ることでもいいと思う。僕は、子どもに読んでほしい本があったら、テーブルに置いておく。そうすると子どもは読んでくれる。

寺倉さん できるだけ世界の本を読んでもらいたいですね。自分の見方が絶対ではないことを分かっていただきたい。読書を通じて自分を客観視する。自分はどういう人間か、日本はどういう国かを考えてほしい。人と同じである必要はない。複数の視点を持っていないことが世界のいろいろな対立を招いているようにも思います。

おほんちゃん

——子どもたちに読書感想文コンクールをどう生かしてほしいですか。

寺倉さん いままであまり本を読むことがなかった子どもたちは(コンクールを)「本の世界」への入り口にしてほしい。

パトリックさん 本を読み、感想文を書く自分を好きになってほしい。書くことは考えること。僕がなぜ、テレビで時事問題などについてコメントできるかというと、いっぱい書いているから。書いて頭の中を整理することによって、分かりやすく伝えることができる。新しいことに挑戦する自分を「かっこいい」と思っていただければ十分価値がある。

おほんちゃん

——他者との比較ではなく、その子がどれだけ成長したかを見る評価の方法がありますよね。

パトリックさん その通り。「壁」を階段の側面だと思ってほしいです。壁を乗り越えて同じ地面に着地するのではなく、壁にぶつかって苦労した分だけ視野が広がり、さらに高いところにいけると思います。

福本さん サントリーは芸術、文化やスポーツを支援する中、人々の心を豊かにしたいという思いを強く持っています。次世代を担う子どもたちには読書感想文コンクールを通して読書の楽しさ、自由に本と対話する喜びを発見してほしいですね。


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■人物略歴

◇寺倉憲一(てらくら・けんいち)さん……1962年生まれ。東京大学法学部卒。87年国立国会図書館入館。調査及び立法考査局次長などを経て2018年4月から現職。専門分野は高等教育政策や著作権法など。

 

◇パトリック・ハーランさん……1970年米コロラド州生まれ。ハーバード大学卒業後の93年、来日。97年芸能活動開始。毎日小学生新聞で「Areyoua国際人?」を連載中。著書に「世界と渡り合うためのひとり外交術」など。

 

◇福本ともみ(ふくもと・ともみ)さん……慶応大学卒。1981年サントリー入社。89年MBA取得。人事部、広報部、コンプライアンス推進部、サントリーホール総支配人などを経て2015年4月から現職。

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◇「読書楽しむスタート」……全国学校図書館協議会理事長・設楽敬一さん

全国学校図書館協議会の設楽敬一理事長に課題図書の概要や選定の傾向などを聞いた。

全国学校図書館協議会理事長
設楽敬一さん

 このコンクールが始まったのは1955年。初めは名作や古典を読んでの応募がほとんどだった。「子どもたちには新作を読んでもらいたい」との願いがあり、第8回の62年から過去1年間の新刊に限定して課題図書を認定した。小学校の部は低学年、中学年、高学年が各4冊、中学校の部が3冊、高等学校の部が3冊。すべての部で日本の物語、海外の読み物、ノンフィクションという三つのジャンルに分けている。

 課題読書の部を設定することで、読書を強いることになってはいけないので自由読書の部を設けている。また、子どもたちの読書力には差があり、読みやすいもの、その学年に適しているもの、ちょっと歯ごたえのあるものを取り交ぜ、誰でも参加できるようバランスを取っている。感想文を書くことに慣れない子どもは、本を読んでおもしろかったことをメモしたり、親に伝えたりして、年に1回か2回、自分の読書記録としてまとめてみるのもいい。

 毎年、審査していると、同じ課題図書でもこれだけ感想が違うのかと驚くとともに、子どもたちの多様性を実感する。感想文を書くことは、ゴールではなくスタート。これを機に本に親しんでもらいたい。