◆毎日新聞2018年6月7日 全国版朝刊

「好きな作家、いつか出会える」俳優・上白石萌音さん

 宮下奈都さんの本屋大賞受賞作を映画化した「羊と鋼の森」(8日全国公開)にピアニスト役で出演している上白石萌音(かみしらいし・もね)さん。物心ついた時から「本が大好き」と表情が自然とほころぶ。「読み終わった時に『この本、好き』という感覚を持ち続けていたい。すてきな言葉が三つでも四つでもある本が、私にとって大切な本です」と話した。【鈴木隆】

◇非日常の世界へ

 「紙がたくさん束ねてあって、そこに文字が羅列してあるだけなのに、開くと日常ではない世界にいけるんです」と目を輝かせた。勉強に仕事に忙しい日々だが、お風呂での読書は1日の中で最も大切な時間。「本当は寝る前に読むのが好きだけど、眠れなくなって、乗ってきちゃうと一晩で1冊とか読んでしまう」ほど。映画や舞台で移動の時間が多いときは「4日で4冊読んでしまったことも」と読書については若き猛者ぶりを発揮することもあるようだ。

 最近は、伊坂幸太郎さんの小説に夢中だが、角田光代さんや吉本ばななさんら女性の作家も大好きで、小説だけでなくエッセーのファンでもある。

 「本によっていろんな人を知り、出会うことができる。悪人にも寄り添っているページがあるし、どんな人にもそれぞれの人生があることが1冊で分かる」と、人として女優として、人間を観察する一助にもなっているようだ。上白石さん自身「普段から寛容で穏やか、あまり怒ったりしない」と、周囲も口をそろえる。「本から教えてもらったことが山のようにあり、本は私を形作る大切なものの一つです」

◇「こころ」に感動

 物心ついた時から家には絵本がたくさんあり、小学校でも図書室が大好きな女の子だった。「はやみねかおるさんのミステリー小説がお気に入りで、お化けとか殺人とか怖いのにミステリーでなら大丈夫。小説では登場人物がどんな顔をして、どんなスカートをはいて、どんな部屋に暮らしているかなど文字をヒントにその人を構築していくのが好きでした」。そのうち、「ナルニア国物語」とか「ハリー・ポッター」シリーズなど「ジャンルも作家も広がって、読書はいつも満ち足りていました」。

 とはいえ、純文学や名作、文豪に触れたのは高校生になってから。1年生で読書感想文のために読んだ夏目漱石の「こころ」が最初だ。「今とは言葉の使い方や表記も違うし、意味が分からなくて脚注にとんだりして、労力と時間はかかったけれど、名作ってやっぱりすごい」と感動した。分からないことを放置せず、じっくり理解しながら読み進んだ。

 ただ、感想文を書くのは大変だった。「書きたいことがたくさんあって字数に収まらない。欲望のままに書いちゃう。分量がずいぶんオーバーして、まとめるのも、削るのも得意じゃなかった」とはにかんだ笑顔を見せた。

 ここで、読書や感想文を書くのが苦手、嫌いな人に上白石さんからアドバイス。「私は小さいころから好きな作家さんに出会えた。読書が嫌いな人は、まだ出会っていないだけだと思う。時間を忘れて読み進められる作家さんにいつか出会える。出会うまでは苦痛だけど、出会った後は最高だから、何冊か読んだだけで読書は向いてないってあきらめるのは早い」。実は、読書感想文で「夏目漱石と言われ、最初は『エーッ』と思った。純文学は苦手と考えていたから。でも、大きな出会いのきっかけになりました」と目を輝かせた。

◇本から音や匂い

 上白石さんにとって、本は人生になくてはならないものの一つ。使命感に駆られる読書ではなく「本当に読みたい本、好きな本を読み続けていきたい」と話す。今回の映画の原作「羊と鋼の森」もその一つだ。第一印象は「原作に言い当てられた」。上白石さん演じる和音が自分の分身のように感じた。「今度出演する映画と思って読み始めたが、途中から、自分の物語のように感じて気付いたらほろほろ泣いていました」。読みながら、音が聞こえ匂いまで感じられたという。「木々のゆれる音、ピアノの旋律まで聞こえてきた。全国の同世代の人たちや学生の皆さんに読んでほしいし、映画も見てほしい」

 さらに、付け加えた。「俳優という仕事は言葉がとっても大事。本でも映画でも、言葉の力を感じ、大切にしていきたいですね」


■上白石萌音(かみしらいし・もね)さん略歴

1998年、鹿児島県生まれ。「東宝『シンデレラ』オーディション」で審査員特別賞。「舞妓はレディ」(2014年)で映画初主演し、日本アカデミー賞新人俳優賞、山路ふみ子新人女優賞など受賞多数。「ちはやふる」シリーズ(16、18年)、「溺れるナイフ」(16年)などに出演。「おおかみこどもの雨と雪」(12年)、「君の名は。」(16年)で声優のほか、舞台、ナレーション、歌手など多方面で活躍中。