第64回中学校の部 最優秀作品

「目指す先にある世界」
 福島大学附属中学校 1年 橋本花帆

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

 胸がヒリヒリする。この涙は、悲しみのせいなのか。切なさなのか。怒りなのか。約五百年も前の、スペインが舞台の歴史物語。であるはずなのに、今と何も変わっていないではないか。エルナンドの願いは、今も叶えられていないではないか。悲しさと悔しさで苦しくなる。何度読んでも、胸の苦しさを消し去ることが出来なかった。

 十六世紀のスペインでは、国と政治権力が宗教間の対立をあおっていた。大きな権力を握っていたキリスト教の伯爵令嬢マリアとイスラム教徒の家に生まれたエルナンド。結ばれることのない二人の悲恋の物語は切ない。でもその切なさは、舞台を変えたロミオとジュリエットのような、美しく切ない物語ではなく、どうする事も出来ない程に理不尽で、怒りと絶望に満ちて、血なまぐさい。

 エルナンドの家族は、キリスト教勢力の拡大により、イスラム教からキリスト教へと改宗させられ、モリスコと呼ばれるようになる。それだけで、イスラム教の人々は、どれ程の苦しみを味わっただろうか。信じる者を奪われ、存在をねじ曲げられ、それでも従わなくてはならなかった彼らの気持ちは、きっと想像だけではおぎなえない。そして、家族の中でたった一人のキリスト教信者だったエルナンドの母は、追いつめられていくモリスコ家族に、どんな気持ちで向き合えただろう。

 私はクリスチャンだ。だから、物語を読み進める上で、エルナンドに恋をしたマリアの気持ちが、家族の中で孤独も感じたはずのエルナンドの母の気持ちが、胸につき刺さってきた。私が自分の事をクリスチャンであるとここに書く事で、これを読む人は私に何を思うのだろうと考えると怖い。胸を張って言えない現実は末だに、確かにある。平和な日本に、そして現代に生きる私なのに。

 マリアとエルナンドの恋物語で終わらなかったのは、そこなのだ。宗教や民族の違いで差別や偏見が生まれ、やがて争いが起こり、憎しみが広がっていってしまう。

 お互いを尊重し、友情を結べた時期もあった。エルナンドの祖父ディエゴの幼少時代だ。生涯の心の友となるのは、宗教も身分も違う伯爵子息のゴンサロだった。二人の友情は、さわやかな少年達の勇ましい冒険小説を読んでいるようだった。しかし、時代と共にキリスト教が権力を増大し、無慈悲な態度を取るようになると、年老いたディエゴは絶望の中で苦悩する日々を送る。それでも、少年時代のゴンサロとの思い出を胸に、希望を胸に亡くなったのだと思いたい。

 マリアの兄とエルナンドの兄も、やがて争いの中で命を落とす。この地で多くの人々が異なる宗教や人種のせいで全てを失い、傷付き、引きさかれ、命を落とした。破れたモリスコ達は、この地で奴隷となるか、この地を去るか、究極の選択を迫られたのだ。

 現代の日本に暮らす人々にとって、宗教や民族による差別、さらに奴隷の苦しみは、あまりに現実離れした事に感じるのだろうか。私は、大人達に対する怒りや、今も苦しむ人々への申し訳なさでいっぱいになった。キリスト教徒として読み進めると、自分達が悲劇を与えてしまったかのような、辛く悲しい話になる。しかし、もし立場が違っていたなら。イスラム教徒としてこの物語を読んだら。人間には想像力がある。関心を抱かなければ、何も気付かず、変わらない。憎み合う立場のマリアとエルナンド。だが二人は最後までお互いを思いやり、将来を案じ、希望を抱いて言葉をつないだ。

 どうしてこんな悲劇が起きたのか。なぜ変わらない現実に、今も苦しめられる人々がいるのか。繰り返し読み、違う登場人物の視点から考える。映る世界を変える。私は何を感じ、何を考え、何を発信出来るのか。

 小学生時代を過ごしたアメリカで目の当たりにした人種差別。私自身、差別を受けた事で、差別される側の痛みを知った。同じクリスチャンですら、宗派による対立もあった。それでも私は、子供同士手をつないだ。心もつないだ。宗派が違う友人、イスラム教の友人、ヒンドゥー教の友人、仏教の友人、様々な友と過ごした。そこに、区別も差別も必要なかった。周りの大人達の教育があったからだ。平等の教育は絶対に必要なのだ。授業では、アメリカ南部の奴隷制度の悲しい歴史を学んだ。人種差別は、現在も残る。リンカーン、キング牧師、ケネディがずっと訴え続けた差別の無い世界は実現していない。

 マリアを想い、未来に平和を託したエルナンドの願いである「人々がたがいに違いを認め合い、相手と自分の共通点に目を向ける日」、宗教や民族の違う人々が「おなじ土地で平和に暮らせる」世界が見たい。そういう現代に私は住みたい。読みつがれてきたこの物語は、私に希望を託し、勇気を与えてくれた。公平で平和な世界をあきらめてはいけない。私も思いをつなぐ一人になろう。

 

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

●読んだ本「太陽と月の大地」(福音館書店)
コンチャ・ロペス=ナルバエス・著 宇野和美・訳 松本里美・画

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

※無断での転用・転載を禁じます。