第64回小学校中学年の部 最優秀作品

「自由って何だろう」
 岩手県宮古市立山口小学校 3年 箱石香乃

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 自由って何だろう。この本をとじたとき、わたしはそんなことを思った。この話の中には三つの自由が出てくる。一つ目はロビー・マクロードにとっての自由、二つ目はマッキノン船長の言う自由、そして三つ目がおおかみのチャーリーにとっての自由。わたしはそれぞれの自由について考えてみた。

 ロビーは父も母も知らず、後見人のおじさんにどれいのようなあつかいをうけて育った。そんなひどい生活から自由を求めてにげ出し、このことがショーンとメアリーとの出会いを作った。そして、「家族としての自由な生活」を初めて体けんできたし、家族同士がきずなで結ばれることのすばらしさを知ることができたんだと思う。

 二人目のマッキノン船長は、自分にとって一番大切な家族を戦争によってなくした。しかも、船長の息子は「ぎゃくさつされた」とあった。そのことをマッキノン船長が知ったとき、自分の息子をころした相手をころしたいとも思っただろうし、戦争という国同士のかってな争いにまきこまれることなく、自由に生活できることの大切さを強く強く感じたと思う。だから船長自身もきけんなのにもかかわらず、自由を求める人たちを何百人も手助けする理由になっているんだと思う。

 そして、おおかみのチャーリーにとっての自由。それは、自然の中で野生動物として生きることだろう。しかし、その時、いっしょにいたロビーの考える「自由な生活」とは、チャーリーとともに自分の家でずっとくらすことだったように思う。でも、チャーリーが月にほえるすがたや、これまでとはちがう目をするのを見て、大人のおおかみになっていることを感じたのだろう。そのしゅん間、ロビーは「もしかしたら自分が望むチャーリーとの生活は、後見人のおじさんが自分にしたことと同じことなのかもしれない」と考えたのではないか、わたしはそんなふうに思った。そして、ロビーはチャーリーに本当の自由を与えた。わたしの心の目には、マッキノン船長がロビーに自由へのはしわたしをしてくれたのと同じに映った。また、野生に帰ったチャーリーが自分の家族を連れてロビーの前にすがたを見せたとき、自分のしたことが本当に正しかったんだとかくにんできたと思う。もしかすると、自分が家族になれたきおくのあるメアリーとショーンを思い出したかもしれない。

 自由というと、好きかってにできることだとかんちがいすることがある。それでは、ロビーのおじさんや、チャーリーを自由にする前のロビーと同じになってしまう。相手の自由も生かしながら自分の自由も生かす。おたがいの自由がぶつかり合うときは、何が一番大切なのか考え、おりあいをつける。そんなふうに生きてきたロビーは、本当の自由を手に入れることができたし、二百年以上も未来の家族に、自由であることが当たり前であるという、最高のプレゼントができたと思う。

 

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●読んだ本「最後のオオカミ」(文研出版)
マイケル・モーパーゴ・作 はらるい・訳 黒須高嶺・絵

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