第64回小学校高学年の部 最優秀作品

「僕も上手にしゃべれない」
 茨城県常総市立水海道小学校 6年 野村洋介

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 立花先輩、古部さん、お姉ちゃん、椎名先生――みんな何て優しいんだろう。何て強いんだろう。悠太が自分の吃音と格闘する時、周囲の人の優しさに気づけた時、ぼくの体の底から溢れ出る感情は、喉の奥を何度もカーッと熱くさせた。涙が止まらない。

 悠太と同じ吃音症のぼくは、読み進めるうちにどんどん悠太になっていき、共に学校生活を送っていた。「僕は上手にしゃべれない」というストレートすぎる題名と同じくらい、ここまでリアルに吃音を表現し、吃音者の持つ生きにくさを描いている本は初めてだった。

 言葉が出ない苦しさ、もどかしさ。人前で吃音をさらした後の辛い時間。常に言い替えの言葉を探していること……。悠太の悩みは手に取るようによく分かる。心の痛みまでも。

 入学式後の自己紹介は、吃音者の最初の難関だ。名前だけは言い替えることができないからだ。結局、プレッシャーにより仮病を使って保健室に逃げてしまう悠太。手に汗にぎり応援していたぼくの口からは、思わずため息がもれた。そんな悠太が放送部への入部を決めた時は驚いたし、嬉しかった。放送部で、吃音の出ない発声の仕方をマスターし、吃音症状が消えていくという悠太の姿を期待したが、古部さんの強引なセリフ練習は、次第に悠太の心を潰していった。でも、それは悠太の吃音を治したいという彼女の懸命な思いだったのだ。お姉ちゃんが自分の悩みを伏せていつもしっかり者でいるのは悠太を守るためだったし、椎名先生が授業のやり方を変えたのは、悠太だけを特別扱いしないという配慮からだった。いつでも淡々と悠太と接する三人に対し、ぼくは、最初

「吃音で悩む悠太の気持ちも知らないで!」

と腹が立っていた。でも、三人の優しさに気づいた時は、悠太と共に涙が止まらなかった。

 ぼくの周りにも、ぼくの吃音をあるがままに受け止めてくれる人たちがいる。どんなにどもっても、ぼくの言葉をじっと待っていてくれる家族。吃音のことも、いつもオープンに話せる。学校での給食のメニュー放送も、ぼくの吃音の調子が悪い時、サッと代わってくれる友達がいる。先生も、ぼくを特別扱いせず接してくれるから心地いい。

「どんなにどもっても、心から発する言葉は必ず伝わる」――弁論大会での悠太の勇気がぼくに教えてくれたこと。これからの未来に不安がないわけじゃない。就職の面接試験、電話、会議の報告など。もしかしたら、今後は、思春期特有の悩みも出てくるかもしれない。でも、ぼくは一人じゃない。自分の力を信じながら、時にはみんなの力も借りながら、悠太が一歩踏み出したからこそ見えた景色をぼくも見たいと思う。そして、たとえどんなにどもっても、一つ一つの言葉を大切に選び、心から伝えられる人になりたい。言葉を大切に、人とつながっていきたい。この本は、ぼくにとってお守りの一冊になりそうだ。いつか悠太と笑顔で話がしたい。

 

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●読んだ本「僕は上手にしゃべれない」(ポプラ社)
椎野直弥・著

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