第62回中学校の部 最優秀作品

「『目の前の真実』を見つめて」
 秋田県横手市立横手北中学校 2年 伊藤 紬

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 読み終えた私の心に、嵐が去った朝の海のような、穏やかな安らぎが広がった。カラとフィリクスの新しい生活が、朝日のように輝くものであってほしいと、心から強く願った。

 カラの毎日は、荒れる海を想像させた。難読症と貧しさ、ジェイクからの執拗ないじめ。そして行方不明の母。つらい現実の波が、何度も何度もカラを打ちつける。母の死の予感を受け入れず、母がいなければ何もできないと心を閉ざしているカラ。私は、カラがおかれた境遇の厳しさに心を痛めながら、重苦しい気持ちでページをめくった。

 そんなカラを変えたのは、フィリクスだった。体が不自由なフィリクスは、海と出会いたくましく変わっていった。海で生き生きと泳ぎ、ヨットを自在に操るフィリクス。

「それが本当に大事なことだとすると、おれなら、戦わずにあきらめたりはしないね。」

フィリクスのこんな前向きな言葉の一つ一つが、少しずつカラの重い心の扉を開けていった。協力しながら白イルカのエンジェルを助け、珊瑚礁を守る行動を進めていく二人に、お互いの心が強く結びついたことを感じた。信じ合える友が隣にいることで、どんなに勇気づけられたことだろう。二人の出会いを喜びながら、私の心は明るくなった。

 二人の海を守る行動は、カラの母親であるケイも、命をかけて取り組んだものだ。ケイに対する私の最初の印像は、ベヴおばさんと同じだった。野生イルカと珊瑚礁の保護のために家族を捨てたわがままな母親。しかし、読み終えて考えが大きく変わった。ケイのとった行動は、わがままではなくカラのためだとわかったからだ。海の破壊を食い止め、美しく豊かな海を後世に残すことが、海洋学者としてカラにしてあげられる最も大切なことだとケイは信じ、強い決意で実行したのだ。

 ケイの懸命の努力によって、珊瑚礁は十年間守られた。そしてカラは、エンジェルを助けた経験を通して、母の決意と自分への愛を知り、母の死を受け入れることができた。これからカラは、母の想いを胸に、父やフィリクスと、新しい夢に向かって航海を始めるだろう。イルカの群れの中で元気に泳ぐエンジェルを見送るカラに、幸せな毎日が訪れる予感がし、私の心はじんわりと温かくなった。

 こんなケイと対照的な人物は、ジェイクの父親であるダギーだ。私利私欲に走り、自分さえよければいいという考えに固まっているダギーには、ケイの声は届かなかった。ケイが守った美しい珊瑚礁は、ダギーの底引き網で一瞬にして破壊されてしまう。どうしてこんなに身勝手なのだろう。カラの無念さと失望感が私の心にも突き刺さり、私の胸には抑えきれない強い怒りがこみ上げた。ダギーのような人間さえいなければと、強く思った。

 そこで私ははっとした。私はどうだろう。もちろん私も、自然を守る大切さはよく知っている。しかし、ケイやカラのように具体的に行動したことはない。知っているのに行動しない私に、ダギーを責める資格があるのだろうか。繰り返し自問しても答えは出ず、私は、どうすればいいかわからなくなった。

 そんな私に、進むべき道を教えてくれたのもカラだった。エンジェルが泳ぐ海を守ろうとするカラの強い願いは、最後にダギーにも届き、珊瑚礁はまた守られることになった。「真実はいつも目の前にあった。」と、カラの前で深く悔いるダギーに、私は一筋の希望の光を見た。そうか、これから始めればいい。「目の前にある真実」を見つめて、本当に正しいのは何かを判断し、するべきことを実行することが、私の進むべき道なのだ。そして気がついた。こうして一人一人が真実を見つめ、正しい行動を続けることで、環境破壊など私達が直面している数々の問題は、少しずつでも解決できるはずだと。小さなさざ波も、集まると大きな波となり、現状を変える強い力になる。とても難しいが、決してできないことではないと、カラは教えてくれた。

 私は目を閉じて、自分に静かに問いかけた。私自身の「目の前にある真実」は何だろう。よく考えると、たくさん浮かんでくる。例えば、苦手なことに対して、最初からあきらめてしまうこと。嫌われるのが怖くて、本当の自分を隠してしまうこと。直すことは無理だと決めつけ、自分の短所を直視しない私の心の弱さが、はっきりと見えている。

 しかし、カラが勇気をくれた。カラは現実という荒波を乗り越えて、新しい自分を見つけようとしている。私もやってみよう。行動しなければ何も変わらない。よりよい自分になるために、私はまず、ありのままの自分を、目をそらさずに見つめることから始めたい。そして、自分がすべきことをよく考えながら、できることから一つずつ取り組んでいきたい。失敗することもあるだろうし、変えられないこともあるはずだが、そうして悩み、立ち止まることが、生きることそのものであり成長であると信じて、一歩一歩進んでいきたい。

 

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●読んだ本「白いイルカの浜辺」(評論社)

ジル・ルイス・作 さくまゆみこ・訳

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