第62回高等学校の部 最優秀作品

「『知らない』ということ」
 兵庫県 賢明女子学院高等学校 2年 福永 葵

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 この本を読み終えたとき私は戸惑った。感想を述べようにも語るべき言葉が見あたらなかったのだ。筆者と年が近いから、この感情は「共感」なのだろうか。いや違う。彼の体験はあまりに壮絶で私のそれとは全く別物であるし、簡単に比べていいものではないと思う。では「悲しみ」や「憤り」はどうか。もちろん感じたが、これらは私の抱いた感情の一部分に過ぎない。読み終えてしばらくたってから気付いた。この複雑な感情の大部分は「恐怖」によって構成されているのだと。

 ホロコーストについて知らない人はほとんどいないだろう。でもその実質を知る人は迫害を受けた当事者を除けばとても少ない。これまで何度かホロコーストについてとりあげた文章などをさまざまな授業で読んできた。でも今思えばそれはただ「読む」という行為を繰り返していただけなのかもしれない。そうこの本を通して感じた。

 一章は幼い筆者の無邪気な姿から始まる。決してお金持ちではないが、慎ましく心豊かな彼と彼の家族が築く幸せは永遠のもののように思われた。しかしそれは唐突にも強引に奪われた。ユダヤ人であるというだけでだ。危害を加えられる人はなぜ自分がこんな目にあうのかとわけが分からなかった。それもそのはずだ。何を隠そう危害を加える人でさえ理由を明確に知っていたわけではないのだから。私はページをめくるごとにどんどん残虐な行為を重ねていくナチスに怒りを感じた。そして同時に迫害の存在のすぐ側で平然としている人々を不思議に思った。これほど非道なことが自分の近くで起こっていたら普通になんてしていられるだろうか、いやそんなはずがない。必ず心のどこかでユダヤ人迫害に対して罪悪感や違和感のようなものがあったに違いないのに……。

 オスカー・シンドラーは本当に強い人物だ。この本は筆者であるレイソン少年の目線で描かれているので、シンドラーについての情報は多いとは言えない。しかしこの目線であるからこそ迫害されていた人から見た彼の姿が見えた。シンドラーは真実の英雄だ。私には彼がユダヤ人を哀れに思い情けをかけたのではないと思われた。たしかにそういう面もあったかもしれないが、彼のユダヤ人に対する接し方は「普通」だった。対等な個人同士が互いを尊重し合う「普通」の接し方だったのだ。当時の風潮の中で「普通」とはどれほど難しいことか。現代でさえこの「普通」ができない人が多くいるのに、誰もが迫害について感情を遮断した時代でこれをやってのけたシンドラーの勇気は偉大なものである、彼のその姿勢が関わってきた多くのユダヤ人の生きる活力を再燃させたと推察する。一体なぜ彼はそんな勇気を持てたのだろうか。私なりに考えた。そしてたどりついたのは彼の柳のような心の軸だった。戦争という事実、ユダヤ人迫害の現状、ナチスの多くの過ち、そういったものを知った上で自分という動かぬ根を張り、外見では当時の風潮に柔らかになびいているようにみせる、決して折れない軸だ。これは現実をまっすぐ知ろうとしなければなしえないものである。私は考えをめぐらせながら私の心を支配していた「恐怖」の正体が明らかになっていくのを感じた。

 「知らない」この言葉こそあの「恐怖」の正体であった、日常でもよく使われるこの言葉のどこが恐ろしいのかと思うだろう。私もこの本と出会うまではそう思っていたし、たびたびこの言葉を使っていた。「知らない」という言葉は良くも悪くもとても便利だ。「知らない」と言えば、それが単純に認識していなかったからであるのかあえて認識することを避けていたからなのかなんて相手には知る由もない。まして、何か不都合な事実から逃れようとしたならば、たった一言で自らすら欺くことさえできてしまうのだ。ユダヤ人が迫害されている不条理な世界を「知らなかったんだ」と一言言って自分の世界から切り離すことで知る努力を放棄した自分自身を全ての人の目から隠したのだ。ユダヤ人であることが罪であるなんていう変な話を一蹴することができない臆病な自分を見たくないからユダヤ人と関わるのを避け「知らない」という鎧で保身に必死になった。加熱する一部と「知らない」と遮断する大部分、これこそが迫害や差別の決定的な原因なのだ。

 終戦によってユダヤ人に対する差別や迫害も終わったものだと思っていた。でも現実は違った。人は現状がうまくいかないとその理由づけとして他者と自分の違いを探そうとするものなのだろうか。戦後の貧困などの腹いせにユダヤ人を迫害した。それ以外でも肌の色や障害、宗教などあらゆる違いを見つけては批判する事態は今でも存在し続けている、そんな無意味な流れを自らの辛い体験を語ることを持ってしてとめようとする筆者のような人々のことを知るべきだ。もう「知らなかった」では通用してはいけないのだから。

 

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●読んだ本「シンドラーに救われた少年」(河出書房新社)
レオン・レイソン・著 古草秀子・訳

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