■第55回/中学校の部最優秀・内閣総理大臣賞受賞作品

「科学の火を灯して」     
  秋田県横手市立金沢中学校 2年 渡部 京香

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 この不思議な形は何だろう。鋭くとがった針金のようなシダ模様、精巧にカットされた宝石、花びらが六枚だけのコスモスの花模様。本の表紙に描かれた中谷宇吉郎さんの「雪華図」に、私は惹かれました。これが本当に全部雪なんだろうか。毎年冬になると冷たく私たちに吹雪く雪なのに、中谷さんが描く結晶はどこか温かみがあってユーモラスでさえあります。そしてこの本には、不思議なタイトルがついていました。「雪は天からの手紙」。「君、雪の不思議を知りたくありませんか。」ページをめくる私に、本が、雪と氷の科学者、中谷さんの声を届けてくれた気がしました。「金や設備がなくても、できる研究はありますよ。科学の火を消してはいけませんよ。」

 恩師の寺田寅彦先生の言葉を胸に、北海道へ赴任した中谷さんが見たもの。それは、そこに暮らす人々に重く覆いかぶさる雪でした。これと同じ光景を私も秋田で毎年目にしています。雪は屋根まで積もり、朝早く大人たちが除雪した道を、吹き付ける雪に足元を見ながら学校へと歩きます。道を歩く人も犬も猫も、幼い頃から私が観察を続けている庭のクリの木も、あらゆる生き物が重い雪をまとったまま、ただ春をじっと待っているように見えました。私にとって、それが「雪」でした。

 零下十五度の十勝岳で雪を撮影した中谷さんは、結晶の形と気象との関係を科学的に調べていきます。「水晶の針を集めたような巧緻な結晶」「冷徹無比の鋭い輪郭」「その中にちりばめられた変化無限の花模様」を想像してみました。雪に美しさと不思議を見出し、探究する中谷さんに、雪は静かに語ったのでしょう。天空で起きていることを天の言葉で。いつのまにか「人を困らせる雪」のイメージは消えていました。人間の想像を超えた不思議な形の結晶を思い浮かべ、自然はどうやってその美しい形を作り出すのか不思議でたまらない私がいました。気温と水蒸気の過飽和度で形が決まることを突き止めた中谷さんが、遂に低温室で兎の毛の先に白く輝く人工の結晶を作り出す瞬間を私も思い描いていました。

 自然の中に感じ取った不思議についての仮説を実験で確かめ、考察し、また次の研究へ向かっていく。中谷さんの科学の方法は、とてもすっきりしたわかりやすいものだと思います。日本中が戦争へ突き進む中で、中谷さんは疑いもなく信じ込むことの危うさを語り、雪の中に科学の本質を見つけようと研究を続けます。そこに私は、どんな時代でも自由に、のびやかに広がる科学の力を感じました。それだけに「科学は、自然世界から現在の科学にかなった面を人間がぬきだして対象にしているにすぎない」という言葉に衝撃を受けたのです。それでは科学とは何か、中谷さんはどう考えたのか、疑問がわき上がりました。「科学の進歩により、人間は自然を知り尽くしたように思いがちである。しかし自然は我我が想像する以上に深く複雑なものである。」

 そう中谷さんは続けます。「自然に即してその神秘を探る研究が不必要になることは永久にないだろう」と。その時私は、科学が万能であるかのようにふるまう人間の思い上がりと、それを見つめる中谷さんの透徹した眼差しを感じました。科学の力で全てわかったつもりでも、その奥に人間の想像を超えた自然が広がるのが、はっきり見えていたのでしょう。科学は、その時代の科学の限界を知り、自然の奥深さの中に不思議を見出した人々が築いていくもの。中谷さんの科学の心が少し見えてきました。そう考えながら庭に出て、天に向かい枝葉を伸ばしているクリの木を見上げた私は、不思議な気持ちに包まれました。今まで何の疑問も抱かなかった周りの自然に、不思議が一杯に満ちているのを感じるのです。中谷さんの研究は、雪という天からの手紙に不思議と美しさを感じた時に始まりました。降り注ぐ日差し、花粉を運ぶ風、イガの中で膨らむ生命。みんな自然からの手紙だったのです。灯した科学の火がそれを照らす時、手紙の文字は動き出し、語り出していたのです。

 蝉が鳴くまぶしい夏が過ぎ、色づいた葉も落ちる頃、私の住む秋田にも雪が降り始めます。今年の冬、天から舞い降りる手紙たちは、冬の訪れと共に、中谷さんの大好きな言葉も一緒に届けてくれるような気がするのです。「ねえ君、不思議だと思いませんか」と。

 不思議だと思います。大気の温度と湿度が織りなす雪の奇跡のような変化も。積もった雪が形を変え、あらゆる生命を支える水になることも。様々な生命を育む特別な星の上に、自分たちが今いることも。そして雪原を歩き、科学の方法で自然と対話する中谷さんを思い浮かべます。雪と氷の中に新しい科学の扉を開いた人を思います。私の科学の火はまだ小さいけれど、中谷さんは教えてくれました。灯し続けた火はいつか、自然からの手紙とその神秘を照らす光になるのだと。カサッと音をたてて、秋を前にクリの木を離れたイガが、またひとつ自然からの手紙を運んできました。

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●読んだ本 「雪は天からの手紙 中谷宇吉郎エッセイ集」(岩波書店)
 中谷宇吉郎 池内了・編

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