◆毎日新聞2017年7月1日 全国朝刊

「育む思考と表現力 知る多様な価値観」

第63回青少年読書感想文全国コンクール(主催・全国学校図書館協議会、毎日新聞社)は、すでに、応募要項、課題図書が発表され、対象図書を読み始めた小中高生も多いだろう。前回コンクールの内閣総理大臣賞受賞者を前任校で指導した徳島県吉野川市立上浦小校長、野口幸司さん、同協議会理事長、設楽敬一さん、コンクールの協賛をしているサントリーホールディングス(HD)の執行役員、福本ともみさんの3人に、読書の大切さ、感動を感想文として書き記すことの意味などについて語り合ってもらった。【司会とまとめ・河出卓郎、写真・山田茂雄】

◇読書、作文に時間を……野口さん

——小中高生が本を読まなくなった、と言われます。最近の子どもたちの読書傾向をどうお考えですか。

野口幸司さん 徳島でも読書離れが顕著ですが、県の調査では、2016年度に1人の子が1カ月に読んだ本は、幼稚園から高校の平均で2.6冊で、前年度よりは増えています。学校できちんと取り組めば良くなると思います。一方で、二極化が進んでいると感じます。

設楽敬一さん 協議会では、毎年5月にどのくらいの本を読むかという学校読書調査を実施しています。この結果から言えば、ここ数年は小学生が10冊から11冊です。中学生は4冊台。高校生は、16年度は1.4冊です。少なく感じますが、スマホやパソコンなどが広まったこの20年間、1冊台を維持しています。高校生は読書離れしていない、とも思えます。ただ、高校生の二極化は顕著です。

福本ともみさん 変化が激しく、先行きが不透明な今、社会に出てからこそ、学び続けることが大切です。情報収集だけなら、インターネットでよいかもしれませんが、何かを体系的に把握し、物事の背景を含めて本質をつかむには、本と向き合うことが必要だと思います。お二人から「二極化」というお話がありましたが、本を読む習慣がある人と、そうでない人とでは、土台の部分がすごく違うなと感じます。読む力は、ぜひ小さい時から身に着けてもらいたいと思います。

——最近「アクティブ・ラーニング」ということが、教育の現場で語られます。教育における読書についてどうお考えですか。

設楽さん アクティブ・ラーニングは学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」という表現になりました。今回の改訂は、文部科学省が将来を見据えたものだと思います。人口減少社会に対応するモデルを提供するという流れの中で、アクティブ・ラーニングが出てきました。受け身の読書ではなく、自ら進んで読んでいくということです。

野口さん 学校で育てるべき一番大事なものは、言葉、言語能力だと思います。言葉の力を育てるために不可欠なものが読書と作文です。幼児期の言葉を生活言語といい、書き言葉を習うことによって身に着けるのが学習言語です。小学3、4年生くらいで身に着くと言われていますが、そこを越えられない子どもはその後苦労します。そんな子どもが増えていると感じています。学校現場は忙しすぎて、子どもに作文を書かせる時間がない。すると書き言葉が育たないので思考力も育たないという悪循環になるのだと思います。

福本さん 20世紀、特に高度成長期は、与えられた目標に向けて組織が一丸となって走ることが強みでしたが、今は自分の目で情報を収集、選択し、自ら設定した課題について自分なりの考えを持ち、表現していくことが求められます。お二人が話された言葉の力を育み、言葉によって思考力を育むことは、まさに今求められていることだと思います。

——読書感想文を書くことの意味はなんでしょう。

野口さん 本を読み、内容を理解し、自分の考えを指定された字数で述べるのは、非常に高度な思考力と表現力が要求されます。「書く子は育つ」「作文で考える力を伸ばす」といわれますが、私は全く同意見です。

設楽さん 戦後、学校図書館法ができた頃の教員たちは、修業のような読書ではなく、批判的に本を読み、主体的な意見を持つことの重要性を語っています。それをどう教えるかということから、読書記録、読書感想文を書かせる活動が始まります。ここに来て、改めて批判的に本を読むことが見直されています。本をきちんと読んで、自分の考えをまとめて表現するということの教育的価値を広めたいと思います。

福本さん 読書感想文を書くプロセスは、自分の内面と向き合い、自分の頭で考える力をつけていくことです。自分が何に共感できて、何に共感できないかという経験の積み重ねが価値観を形成していきます。

◇感想、意見交わそう……設楽さん

——読書感想文コンクールはどうあるべきでしょうか。

野口さん 読書感想文は、夏休みの宿題に出す学校がほとんどです。すると、家庭の教育力の差が作品の差になってしまう。子ども同士が、ワイワイ言いながら、先生とも話をしながら感想文を書くことが大事だと思います。

設楽さん 読書とは情報を体の中に入れることです。感想文というのはアウトプットすることです。自分の思いや考えをアウトプットする方法として読書感想文は非常に大切です。書くことがゴールだと思われがちですが、自分の表現したことに対する評価を聞いたり、意見を交わしたりすることも大切です。

福本さん サントリーの理念には「人と自然と響きあう」という言葉があり、私たちは、心の豊かさに貢献したいという思いから、文化、芸術、学術の支援や「水育」という次世代環境教育などを行っています。読書感想文コンクールはまさに、次の世代の子どもたちの心の豊かさを育むという意味で、私たちの理念と合致した活動です。次の世代を担う、より多くの子どもたちにこのコンクールにチャレンジしてもらい、豊かな感受性と、オリジナリティーのある思考を伸ばしてほしいと思います。

◇知的な挑戦続けて……福本さん

——最後に、小中高生へのメッセージをお願いします。

野口さん 読書は大切な体験ですが、その大本は現実世界での体験です。実際の体験をベースに、それを豊かにし、深めていくのが読書であり、読書感想文だと思います。

設楽さん 学校図書館には、いろんな知識が分類・整理されています。自らの課題を、自らの力で行動して解決することを助ける機能があります。その機能を活用する根底は読む力です。

福本さん 読書によって培われる思考力や自分自身の価値観は、その後の人生での判断や選択の場面で必ず生きてきます。ぜひ、読書という知的な挑戦を続けてもらいたいと思います。


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■人物略歴

◇野口幸司(のぐち・こうじ)さん……1981年から公立小学校教員。青少年読書感想文全国コンクール徳島県審査委員、県小学校教育研究会国語部会会長、四国国語教育連盟会長、日本新聞協会NIEアドバイザー。2017年4月から現職。

 

◇設楽敬一(したら・けいいち)さん……埼玉県公立中学校教員を経て2008年全国学校図書館協議会入局。常務理事などを経て今年6月から現職。学校図書館関係の著書多数。第2回松下視聴覚教育研究賞(理事長賞)などを受賞。

 

◇福本ともみ(ふくもと・ともみ)さん……1981年サントリー入社。広報部、お客様コミュニケーション部、コンプライアンス推進部、サントリー芸術財団サントリーホール総支配人などを経て2015年4月から現職。

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「図書館わくわくする場に」

全国学校図書館協議会前理事長 森田盛行さん

 

 現在、国をあげて読書活動を盛んにしようとしています。特に次代を担う子どもたちの読書に力を入れています。そのためには、子どもたちの身近に本がなければ読みたくても読めません。たとえ身近にあっても、冊数が少なかったり、自分の興味のある本がなかったりすれば、読書意欲も減退してしまいます。それ以前に、子どもたちに本を読む力が育っていなければ、環境が整っていても読書をすることができません。

 そこで、子どもたちの読書力を育む学校での読書指導が重要となります。言語力の育成が重視される今日では、これまでのような国語科または一部の読書好きな先生が読書指導をするのでは十分ではありません。次期の学習指導要領には、現行のものと同様に各教科・領域で言語力の育成が規定され、読書が重視されています。

 読書指導には多くの方法がありますが、効果的な指導法の一つに読書感想文があります。読書は基本的には一人で行い、感想文も一人で書くことが多いのですが、近年は学級またはグループで同じ本を読む読書会形式も広く行われています。読後の感想や意見を相互に交換し、感想を文章にします。書くことで、自分と他の人との読み方や観点、主題のとらえ方、気に入った表現などの相違や自分の気がつかなかったところ、見落としていたところなどがより鮮明になります。

 青少年読書感想文全国コンクールは、対象図書として自由読書と課題読書があります。課題読書は、全国規模で同じ本を読むことになり、読者が共通の体験や知識を得、それを基に考えや感想を交わし、感想文にして伝え合うことで、より豊かで深い読みができるようになります。

 多くの学校では課題図書を複本として複数冊購入し、読書感想文の指導に利用していますが、コンクールが終わってもまだいろいろな形で読書活動に利用できます。課題図書はコンクールの前年に発行された本の中から選び抜いた、子どもたちにぜひ読んでもらいたい本です。学校図書館には各本が2〜6冊はそろっていることが多いので、6冊ずつそろっていれば、読書感想文以外の読書指導にも効果的に利用できます。

 読書は、本などの読書環境が整っていないと十分にできません。子どもたちの最も身近にある読書環境は学校図書館です。年々、近くに書店や公共図書館がない地域が増えていますが、学校図書館は法律により全ての学校にあります。子どもたちに人気のある本、心を磨く本、学習に役立つ本が利用しやすいようにそろえられています。これまで、学校図書館は鍵がかかり、古い本ばかりが並ぶ薄暗い部屋というイメージがありましたが、現在ではいつでも利用でき、新しく多種多様な本がそろい、校内でもっとも楽しく、わくわくする部屋となっています。近隣の学校に行く機会がありましたら、ぜひ新しい学校図書館に寄ってみてください。その変貌ぶりに驚かれることと思います。(寄稿)